スピーチプロセッサー(Speech Processor)

  



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スピーチプロセッサーについて


 スピーチプロセッサーは、音声のピークレベルを抑えながら、レベルの小さい部分を持ち上げて平均変調度を上げ、顕著な音質劣化を感じさせずに通信の了解度を良好に保つことを目的とした装置です。

 また このトランシーバーには制限増幅器を組み込んで、過大音声入力レベルに対して自動的にゲインを下げ、送信機の出力超過を防止しています。
 制限増幅器は制限動作をした後 増幅器のゲインが復帰する迄に時間(リカバリータイム)が必要で、平均変調度を高くすることを目的として変調入力を多めにしても、6db程度は向上しますが、それ以上はバックグラウンドノイズが大きくなるだけで平均変調度は大きくなりません。

 アマチュア無線の送信機は、平均変調度を高く、しかも決められた出力電力を守らなくてはなりませんので、スピーチプロセッサーと制限増幅器を、適切なレベルセッティングで併用することが重要な課題になります。

 私の作ったスピーチプロセッサー第1号機は、初期に流行った方法の一つで、RF SSB信号を作り、クリッパー回路を通してピークを切り取った後、高調波をフイルターで取り去ってから、複調器にかけてオーディオ信号に戻す方式で、RF型と呼ばれるものでした。
 特長としてうたわれていたことは、クリップした際に発生する第二高調波は通過帯域の外に出るので、復調したとき発生する歪が少ないと言うものでした。
 事実この装置にシングルトーンを入れたときは低歪でした。けれども音声を入れて15db程度クリップさせた時の音質はけっして良いものではなく。ボリュウムを上げた分だけバックノイズも大きくなって騒々しく、好感の持てないものでした。

 音声信号を周波数帯域の中のスペクトル分布として見た場合、音声が常時単一スペクトルで存在することはなく、常に複合しているものが音声信号であると考えられます。
 増幅器の中で信号をクリップすれば、第二高調波、第三高調波、第四高調波、第五高調波、等々限りない次数の高調波が発生します。取り扱っている信号が複合スペクトルともなれば発生する高調波相互間で作られたビートは混変調歪となって通過帯域の中へ落ち込んできます。
 ICでクリッパーを構成し終段に狭帯域フイルターを入れただけのものでは、音質劣化は救いようがありません。


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2号機はオーディオ信号を加工するようにしました


 1977年1月ハムジャーナル誌 No.9 にJA7SSB齋藤醇爾さんが追試して紹介されたオーディオ加工式スピーチプロセッサーは、解明されている音声の組成をもとにして考案された新しい方式でした。
1976年3月QST誌に発表されたものだそうで、製作には複数の人が関与したようですが、HJ誌上にはWA8WNUさんの名前とQSTの編集者が関わったとしか記載が無く、グループの全容は不明です。

 私は当時齋藤さんの記事を読んだとき、1年前に作り上がった私のRF式スピーチプロセッサーの性能が不満だらけで、製作の経験も未だ記憶に新しく残っていて、齋藤さんの詳しい解説に共感が多くあったものですから、早速追従したかったのですが、41MHz PLL局発の製作にやっきになっていた時期でもあり、その内にやろうと文献のHJ誌を大切に取っておきまして、今も手許に持っています。結局完成したのは1997年実に20年後でした。



 以下 HJ誌に掲載されたJA7SSB齋藤醇爾さんの記事の動作原理の部分を
そっくり転記させていただきます。

Homomorphic Speech Compressorの動作原理


 この方式はその着想がいままでのオーディオ形式のプロセッサーとまったく異なった音声処理法によったものである。QST(1976年3月号)は回路構成についてそうくわしくは述べていないが、WA8WNUのGary E Kopecの方はたしかAESに寄稿していたから本職のプロであろう、巻末の参考文献にも、基本的なものが紹介されているくらいかなりの勉強家である。

 QSTと私がつけ加えたもので、主な動作について説明したい。

 Homomorphic Speech Compressor(HSCと略す。異体同形スピーチ圧縮アンプ)と名づけられるように、音声をそのままの構成で圧縮したり、リミッティングするのではなく、音声波形そのものがふたつの要素の積から成り立っていることを基本にして分解し、処理して再構成するものである。

 HAM Journal, No.8の76ページ第1図にこの模様を示したが、音声波形のひとつは100Hz以下にエネルギーのほとんどを持つゆっくりと変化するエンベロープ部分であり、この部分は個人の声を認識する要素になっている。そして話声波形の波の高い低いを生じ、ダイナミックレンジの大きい部分でもある。

 もう一つの要素は300Hzから3000Hzの話声のキャリアーともいうべきもので、この周波数でFMされている、この部分のキャリアーの振幅は一定で、あたかもAMの送信機のキャリアを低い周波数で変調したようなものである。ただ話声のキャリアは一定周波数でなくて、300Hzから3000Hzのウオ−ブルFM波である点が異なる。

 このHSCの基本は、ふたつのAMとFMの成分を別々にとりだして、AM分については可能な限りエンベロープ部分を圧縮し、FM分は振幅一定の波にしてプロセス過程での歪がバンド内におちこまないように処理して、両方を合成して話声に変換しようということである。


以上 HJ誌から転記しました。


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使用感について


 定量的な表現が難しいので、私の経験的主観的表現でしかありませんが、RFクリッパー式の1号機と、ホモモーフィック式と呼ばれる本機を比較して述べます。

RFクリッパーの場合
 歪をあまり感じないで音量増加だけを感じる範囲は、クリップポイントを10db程度オーバーインプットしたところくらい迄です、このとき6db程度の音量増加を感じます。当然バックグラウンドノイズは10db上昇します。
歪を容認すれば20dbオーバーインプットくらいでも使用できますが、歪っぽく騒々しい感じになるだけで、了解度向上に貢献するかどうか疑問です。

ホモモーフィックコンプレッサーの場合
 歪はけっこう感じます。全入力が非直線回路を通過していますから歪んで当然ですが、音声信号をクリップしていないので、ひどい音になっていると言いきるほどではありません。むしろコミュニケーション用送信機らしい特徴を持っ了解度の高い音質になって、20Wの低出力を実に有効に補ってくれます。

 本機の特長は、ノイズブランカーを備えていることです。
バックグラウンドノイズをブランキング出来るので、静かに音量が増加します。

 音質を周波数特性的に申しますと、現回路は低域がまだ上がり過ぎています。私はSSBゼネレーターの低域はクリスタルフィルターで下っているから、少し持ち上っている方がよいだろうと考えそのままにしていますが、単体で使用するには、更に調整が必要です。



音量増加の効果について


 私はリミッティングアンプの前にスピーチプロセッサをおき、カスケードに接いで使用しています。
プロセッサINとOUTは、プロセッサの内部で切り換えています。

 プロセッサOUT時は、リミッティングアンプのゲインリダクションが10dbになるように、マイクゲインを調整しています。
 プロセッサIN時は、リミッティングアンプのゲインリダクションが2dbないし3dbになるようにプロセッサの出力を調整しています。

 プロセッサINとOUTを切り換えながらリミッティングアンプの出力をモニターして、イージーに聞き比べてみると、INの時音量は4db程度増加します。シビアーに聞くと、もっと増加しているように感じることもあります。


 スピーチプロセッサーについて関心のある方は、効果がどの程度なものなのかが一番気になるところと思いますのでもう一度申します。

 リミッティングアンプ単体を、10dbのオーバーインプットの適切な入力で使用すると、聴感は6db程度UPします。

 スピーチプロセツサー単体を、音質をむやみに損なわない適切な入力で使用すると、聴感は9から10db程度UPします。(この場合出力のピークレベルをプロセッサIN,OUT時 同一にして比較する必要があります。)

 スピーチプロセッサーとリミッティングアンプをカスケードに接続した場合は、音質の劣化とかノイズ増加が目立たない様に、リミッティングアンプ入力のオーバーインプットレベルを3db以下におさえてセットしますので、聴感は10db程度のUPとなります。


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回路動作の説明


  1. PRE AMP(IC−1)
     IC−1の2つの増幅器はマイクレべルを次段の実用レベルまで増幅します。増幅度は後段でコンプレッションが充分にかけられるように,やや高めに設定してあります。
     後述しますが,先頭のステージには音質補正のためイコライザーを付加しています。


  2. 全波整流器(IC−2)
     OP AMPとダイオードを使用した理想全波整流回路です。二つのダイオードの特性が揃っていれば完全直線整流波形が得られます。


  3. 対数圧縮回路(IC−3)
     OP AMPとダイオードを使用した圧縮回路です。
     対数回路はゼロボルトからマイナス方向の信号は扱うことが出来ませんが、音声信号はゼロボルトを境に上下する交流ですから、直接この回路に音声を入れても処理出来ません。
    そのため、前段で全波整流してゼロボルトから上だけの信号に直して入力しているわけです。
     対数増幅器の増幅度は理論的には入力レベル ゼロのとき無限大になりますが、実際はOP AMPのネガティブフイードバックをかけない裸の増幅度が限度になり60db(1000倍)程度になります。
     対数圧縮回路を通過した音声信号は、先述のダイナミックレンジの大きいAM分とよばれる低域成分は、大きめの直流分と やや小さめの脈流分になります。FM分とよばれる高域成分は、もっと小さめで 低域の脈流分と一緒になって存在します。


  4. ハイパスフィルター(IC−4)
     ハイパスフィルターは直流分をカットしますから、ダイナミックレンジの大きいAM分はうまい具合に圧縮されます。
    それでも低域のAM分は脈流として残っています、それがFM分に比べて結構大きいようで、このフィルターで低域を下げて、FM分とAM分のレベルバランスを取ります。
     フィルターのFcは50Hzになっていますが、私の使用感ではまだまだ低域が強過ぎます。Fcはもっと高いところへもっていくべきです。機会を見て300Hzくらいから少しずつ下げていって良いところを見つけたいと考えています。現在は応急処置としてPRE AMPで高域を持ち上げて聴感補正をしています。


  5. 指数伸張回路(IC−5、IC−4、IC−6)
     対数圧縮回路と全く逆特性をもったアンプです。
    前段のフィルターでダイナミックレンジの大きい低域AM分の振幅を小さくしたので、対数圧縮回路でいっしょに圧縮されたFM分を元に戻します。
    対数回路と指数回路を直列につないで、入出力の特性を測定してみましたら完全に直線になりました。
     ハイパスフィルターと指数伸張回路のあいだに20dbの減衰器が挿入されています、このため対数回路で圧縮されたFM分は指数回路を通っても完全に1対1には復元されず、ある程度圧縮されたままになります。
     IC−4の出力は四象限乗算器の+X入力に入ります。
    オリジナルの回路では、−X入力には圧縮した音声信号を入力せずに、+X入力とのバランスをDC電圧を加えてとっているだけで、どう調整したらバランスがとれた状態なのか分らなかったので、IC−6を付加して180度反転した信号を入れプッシュプル動作とし無調整にしました。回路図上のIC−7(乗算器)左下でX BALがあそんでいますがこれはその名残りです。


  6. リミッター回路(IC−10)
     PRE AMPで増幅したマイクロフォン出力をIC−10で更に増幅し、入出力に挿入しているダイオードで信号をクリップし矩形波にして、音声信号のゼロレベルを境に+向き −向きの方向性情報だけを取り出し,乗算器(IC−7)のY入力へ送ります。
     ICが飽和してスルーレートが長くなって歪まないように、クリップ動作はtrr特性の優れたスイッチング用ダイオードに任せています。


  7. 乗算器(IC−7)
     圧縮した音声信号は全波整流されたプラス方向だけの信号ですから、乗算器を使って音声信号に戻します。
    乗算器のX入力にはプラス方向だけの圧縮加工された信号を入れます、Y入力にはプラス向き マイナス向きの方向性情報を入れます、IC−7は乗算動作し復調音声を出力します。
    −Y入力(8番ピン)はY BALアジャスタで調整していますが、接地するだけでOKのようです。
     乗算器MC1495Lは、動作安定なダブルバランスICで、直線性がよく、四象限入力を持っています。
     出力は(2,14番ピン)ダブルバランストランジスタ回路のオープンコレクタになっているので、コレクタ電圧が重畳しています。
     乗算器の利得(係数)は5番6番、10番11番ピンに挿入したRで調整可能です。


  8. DIFFERENTIAL AMP(IC−8、IC−9)
     乗算器の出力はトランジスタのコレクタになっていてコレクタ電圧が重畳しています。IC−8 IC−9からなる差動回路でこれを受けて音声信号だけを取り出します。OP AMPの使用法ではごく標準的なものです。


  9. ローパスフイルター(IC−9後段)
     Fc(カットオフ周波数)4KHz 18db/OCTのローパスフイルターです。
    SSB送信には不要な高域の成分を取り除きます。
    また後述するノイズブランカーの動作に欠かせない回路です。


  10. バックノイズブランカーの動作とブランキング発振器(IC−11)
     発振器は20KHz近辺を発振するマルチバイブレーターで、矩形波を発生します。

     対数圧縮回路は入力の小さいときのゲインは非常に高くなります。この装置でNoise BLK ADJを絞ってブランカーの動作を止めてみると判ることですが、びっくりするぐらい色々のバックノイズが聞えます。
    QSOの際に必要な音声のダイナミックレンジは、25dbから30dbもあれば情報の伝送には充分ですから、これより低いレベルの音は雑音とみなしてブランキングし、残った音声を充分に圧縮 伸張して、了解度よく且つ強力な信号に仕上げる訳です。

     回路の動作は、20KHz発振器の出力レベルをNoise BLK ADJで調整して、不要な雑音に重畳しマスクします、装置の中は非直線回路が色々ありますから、20KHzのキャリアーは雑音で振幅変調されます。終段には Fc 4KHzのローパスフィルターがあって20KHzの振幅変調波となった雑音は35db以上の減衰を受け消滅します。


  11. モニターアンプ(IC−5)
     この装置を常時良好なコンディションで運用するにはモニターアンプは必要不可欠です。
    良好な効果を得ながら、音質を損なわない程度に圧縮器の入力レベルを決める作業は重要です。
    バックノイズブランカーの調整は、気分的に微細なセッティングがしたくなるものです。
    OP AMP LF-412はヘッドフォンをドライブするに充分なパワーを持っています。


  12. その他(回路図に載せていませんがお許し下さい)
     パネル面に目盛り代りにLEDのレベルインジケーターを付けています。初代機の動作がクリッパーでしたから、クリップポイントを0dbとして5db毎に点灯させています。
    クリップポイントのない二代目としてはいささか困りますが、幸い+20dbの上が+23dbで赤LEDが点灯するようにしていたのでこれを上限入力レベルの警告表示にしています。

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最終調整


 回路の入出力特性が非直線であり、動作点がどの辺りにあったらよいのかよく判りません。
私はQSO時と同様な話し口調をテープレコーダーに延々録音しておいて、マイク端子にレベルを合わせて入力し、出力音声をモニターしながら何度も再生して、なるだけ大きめの入力で不自然な音質にならないところをMIC GAIN VRを調整して決め、レベルインジケーターのゲインを合わせました。


 簡単に言ってしまいましたが、これは周囲ノイズが全くない場合のことで、一般的にノイズ皆無の環境なんてありえません。


 本機を使ってみると、今までこんなに静かな環境と思っていた我がシャックが、こんなにノイズに埋もれていたのか と改めて驚かされます。なにしろ無音のときのゲインは音声のある時に比べ数十デシベルは高くなるのですから。


 ここでノイズブランカの登場となります。
今まで殺していたNoise BLK ADJを徐々に上げていくと低レベルのノイズから順に消えて行きます、大きく上げると自分の声も低レベルの部分を削られて歪んで聞こえ出します、このとき更にMIC GAIN VRを上げて音声を歪ませないようにする手もありますがこれは前段が歪むのでやらない方が無難です、私は自室のエアコンの風音ノイズを基準にしてNois BLK ADJを調整しています。
最終的にはMIC GAINとBLK ADJ両方を調整してよいところを探しました。


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使用した測定器


2トーンゼネレーター        自作(700Hz,2300Hz)
DIRECT DIGITAL SYNTHESIZER  秋月電子キット+自作コントローラー
オーディオアッテネーター     1db,2db,4db,8db,16db加算式 2式
テスター 1           ソアー社  3120DIGITAL MULTIMETER
テスター 2           三和電気  C-505 (50Kohm/V)
テープレコーダー         AKAI  GX−Z5000
ヘッドフォン           VICTOR HP−550
モニタースピーカ         BOSE  AW−1




参考にした文献


ハムジャーナル No.9 AM−FM分離プロセス合成型
         (Homomorphic)スピーチプロセッサー  JA7SSB 齋 藤 醇 爾


トランジスタ技術 SPECIAL
 No. 1   特集 個別半導体素子 活用法のすべて
 No.15   特集 アナログ回路技術の基礎と応用
 No.17   特集 OPアンプによる回路設計入門
 No.32   特集 実用電子回路設計マニュアル
 No.41   特集 実験で学ぶOPアンプのすべて


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この項終り